国産第一号の脳波計『木製号』について

 

 

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木製号

木製号をかこんで。
(2000年11月29日 医科器械資料館にて)

小川建亜紀氏(医科器械学会・左から2人目)、
藤重隆一氏(NECメディカルシステムズ(当時)・3人目)とともに。

三栄測器 「三栄測器」
の銘板」    
わが国第一号の脳波計『木製号』(1951年・三栄測器株式会社)

 わが国における脳波研究は、1947年の「脳波研究委員会」(委員長・東北大学本川教授)の発足で本格化しました。そこに参加した三栄測器(その後NECメディカルシステムズ)が、当時の国立東京第二病院の藤森聞一先生、東京大学の阪本捷房先生などの指導のもとに完成させたのが、この国産第一号の脳波計で、1951年日本大学心理学教室に納入されました。
 2チャネルで、電源は蓄電池式、木製筐体であったことから木製号と称され、その後のわが国における脳波研究の礎となったものです。


長い間NECメディカルシステムズ株式会社の工場に保管されてきましたが、2000年11月29日に、医科器械資料館(財団法人 日本医科器械資料保存協会)に寄贈されました。

 

      


木製号によって記録された脳波

元日本大学教授 山岡淳先生のご提供による
(図をクリックすると拡大されます)

当時の記録には、インクのつまりが少ない赤インクが用いられました。赤インクはその後昭和40年代前半まで使われました。

三栄測器株式会社は、1948年(昭和23年)三星電機として東京・吉祥寺に創業され、わが国第一号の脳波計「木製号」を世に出した1951年に三栄測器となりました。その後、日本電気三栄、NECメディカルシステムズと名前は変わりましたが、長年にわたり、日本光電株式会社とともに、ME機器の総合メーカとしてわが国のME技術をリードしてきました。その後2000年以降は日本GEマルケットメディカルシステム株式会社が営業を引き継ぎました。
なお、工業計測器部門はNEC三栄株式会社として継続しています。

また、三栄測器はわが国ME技術のリーダとして、その中に研修所を設け過去数十年に渡って脳波をはじめとする電気生理検査技術者の養成にも力を注いできました。
私たちメディカルシステム研修所は、この三栄測器研修所を母体として今日に至っています。
 

三栄測器時代の小平工場

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